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大阪地方裁判所 昭和56年(行ウ)7号・昭56年(行ウ)98号・昭56年(行ウ)97号・昭56年(行ウ)6号の1 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

(3) 事業所得

原告らは、亡義一郎はかねてから貸金業を営んでいたところ、昭和五一年度において、右貸金業による貸倒れ引当金の繰入れ等により、その事業所得は、一億五九〇六万九九八三円の赤字であつたと主張するので、この点について判断する。

(イ) 亡義一郎が大阪府知事から貸金業の認可を受けていたこと、亡義一郎の昭和四九年一二月三一日以降同五三年八月六日までの間における亡義一郎の貸付金の貸付先、貸付先と亡義一郎との関係、及び各年末(ただし、昭和五三年は亡義一郎の死亡した同年八月六日現在)の貸付残額が、別表3に記載の通りであることは、原告らと被告署長との間において争いがない。

そして、右争いのない事実に、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(ⅰ) 亡義一郎は、昭和三九年七月四日、貸金業の届出書を大阪府に提出してその認可を受け、その後他に金銭を付けていた。

(ⅱ) 亡義一郎は、右貸金につき複式簿記により記帳を行なつてきた。

(ⅲ) 亡義一郎は、右貸金につき、借用証を徴したことがあり、また、代物弁済を受けたことや、支払督促をしたことも(但し、支払なき場合は法的措置をとるとあるが、実際にそのような措置をとつたか否かは不明)ある。

(ⅳ) 被告署長は、昭和五〇年度迄は、亡義一郎の貸金を事業によるものとし、右貸金より得られる利子収入に基づく所得を事業所得として取り扱つてきた。

以上のような事実が認められる。

しかし、後記(ロ)に記載の諸事情や、<証拠>に照らして考えると、右(ⅰ)ないし(ⅳ)の諸事実のみからは、直ちに、亡義一郎が、昭和五一年ないし同五三年当時、現実に貸金業を営み、別表3に記載の貸金は、亡義一郎がその事業として貸与したものとは認め難いし、また、右事業として貸与したことを窺わせる<証拠>は、たやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

(ロ)  却つて、一般に、貸金が所得税法上の事業としてなされたものであるか否かは、その貸付の相手方、貸付の目的、貸付口数、貸付金額、利率、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付のための施設、広告宣伝の状況、その他諸般の事情を総合勘案し、その営利性、継続性、独立性等の有無等に照らして判断すべきところ(東京地方裁判所昭和四六年二月二五日判決税務訴訟資料六五号四四頁、東京高等裁判所昭和四七年一二月一三日判決税務訴訟資料六六号一一五九頁参照)、これを本件についてみるに、次の通りである。

(ⅰ) 昭和四九年一二月三一日から同五二年八月六日頃までの間において、亡義一郎が他に貸付けていた貸金の貸付先は、別表3に記載の通り、わずかに個人が一名ないし二名、会社が三社ないし四社に過ぎず、しかも、その貸付先の訴外辰己富夫は亡義一郎の妻の又従兄弟の次男であり、訴外細井典夫は亡義一郎の知人であるし、また、訴外栄宏株式会社、同石橋興産株式会社、同石橋サンテ株式会社は、いずれも亡義一郎がその代表取締役をしていた会社であり、訴外太康株式会社は亡義一郎の姉の次男である訴外西村邦治が代表取締役(但し、昭和五〇年一月二五日以前は亡義一郎の知人である今井公夫)であつたこと、以上の事実については、前記の通り、原告らと被告署長との間において争いがないところ、このように貸付先が極めて少なく、しかも、その貸付先が亡義一郎の親戚、知人、又は、亡義一郎もしくはその知人等が代表取締役をしている会社であるということは、経験則上、一般に、貸金業者がその業として金銭を貸与する場合には、不特定、多数の人に金銭を貸与するのが通例と考えられるのに照らし、甚だ異例というべきである。

(ⅱ) 次に、亡義一郎が貸与していた別表3に記載の貸金利息は、別表4に記載の通り、訴外辰己富夫、同細井典夫に対するものは日歩三銭(年10.95パーセント)、その他の会社に対するものは日歩二銭(年7.3パーセント)で、しかも、亡義一郎が代表取締役をしていた訴外栄宏株式会社、同石橋興産株式会社に対する貸金の利息については、昭和五〇年二月ないし同五一年以降は、その支払を免除していること、以上の事実については、原告と被告署長との間において争いがないところ、右利息は、一般の銀行等の金融機関の貸金利息にくらべても低く、金融機関以外の貸金業者にくらべれば、はるかに低利であることは、当裁判所に顕著な事実である。そして、営利を目的とする貸金業者が、その業として行なう貸金の全部につき、右のような低利で金銭を貸与し、しかも、その利息の支払を一部免除するというようなことは、特段の事情のない限り(本件ではこの特段の事情は認め難い)、一般的にはあり得ないことというべきである。

(ⅲ) また、前記原告らと被告署長との間において争いのない別表3の貸金のうち、亡義一郎が代表取締役をしている訴外栄宏株式会社、同石橋興産株式会社、同石橋サンテ株式会社に対する貸金の貸付総額に占める割合は、昭和四九年末において90.71パーセソト、同五〇年末において96.98パーセント、同五一年末において97.77パーセント、同五二年末において97.87パーセント、同五三年八月六日において99.98パーセントであることは計算上明らかであり、しかも、右三社に対する貸付額は、四〇〇〇万以上から四九億円余りという極めて高額であるのに拘らず、いずれも、亡義一郎は、無担保でこれを貸与しており、かつ、訴外栄宏株式会社及び同石橋興産株式会社に対する利息については、昭和五〇年二月ないし同五一年以降は、その支払を免除していることは、原告らと被告署長との間において争いがないところ、一般に、営利を目的とする貸金業者が、その営む事業として、その貸金の大部分を、自己が代表取締役をしている会社に無担保で貸与し、かつ、その利息の支払を一部免除するというようなことは、経験則上、特段の事情のない限り(本件ではこの特段の事情は認められない)、通常はあり得ないことというべきである。

(ⅳ) さらに、亡義一郎の貸付けていた別表3の貸金の大部分は、同人の自己資金であり、また、亡義一郎の貸付金額の大部分を占める訴外石橋興産株式会社に対する貸付けの増加は、昭和四八年末のいわゆる石油ショック後の同社の経営不振に伴う資金繰りの悪化により、従来同会社が亡義一郎所有の株式を担保として、金融機関から借入れていたものを、亡義一郎が当該株式を他に売却して、金融機関からの借入れの肩替りをしていたことによるものであることは、原告らと被告署長との間において争いがなく、さらに<証拠>によれば、亡義一郎は、その貸金業を営むにつき、格別の広告、宣伝をしていなかつたことが認められるし、<証拠>によれば、亡義一郎は、その貸金業を営むための事務所等を格別設けていなかつたことが認められる。

(ⅴ)  そして、以上(ⅰ)ないし(ⅳ)に認定の諸事実、すなわち、亡義一郎の貸金の貸付口数、貸付先と亡義一郎の人的関係、亡義一郎が代表取締役をしていた栄宏株式会社、石橋興産株式会社、石橋サンテ株式会社三社に対する貸付額の貸付総額に占める割合、貸付利率、担保権の設定状況、貸付資金の調達先、広告宣伝のないこと等の諸事実を総合勘案して判断すれば、その取引の営利性、有償性に乏しいというべきであつて、亡義一郎の別表3に記載の貸金は、貸金業の事業としてなされたものではなく、したがつて、所得税法上の事業としてなされたものではないと認めるのが相当である。

(ハ) もつとも

(ⅰ) 原告らは、亡義一郎の貸金の口数が、その晩年において減少したのは、亡義一郎が多額の貸付けをしていた訴外石橋興産株式会社に対する貸金が焦付いて、他に貸付ける資金が不足していたからに外ならず、本件において貸付けの口数が少ないことをもつて、その事業性を否定することはできないと主張するが、原告らと被告署長との間において争いのない別表3に記載の貸金のうち、昭和五一年一二月末においても、訴外石橋興産株式会社以外の者に対する貸金の額は、合計四億四〇〇〇万円余であつて、その額は、決して少額とはいえないから、仮に訴外石橋興産株式会社に対する貸金が焦付いたとしても、亡義一郎が他の多数の者に貸付ける貸付け資金が不足していたとは到底認め難い。よつて、右の点に関する原告らの主張は採用できない。

(ⅱ) また、原告らは、亡義一郎がその貸金につき、担保をとつていなかつたとしても、右は、貸付先の信用の問題であるから、信用のある貸付先から担保をとらなかつたとしても、これを理由に、亡義一郎の貸金の事業性を否定することはできないと主張する。しかし、少額の場合の貸金は別として、別表3に記載の通り、昭和五〇年末以降において、訴外栄宏株式会社に対する貸金は二億円を超えており、訴外石橋興産株式会社に対する貸金は三九億ないし四九億円を超えており、訴外石橋サンテ株式会社に対する貸金は四〇〇〇万円以上であるところ、このような多額の貸金については、貸金業者が業としてこれを貸付けるものである以上、如何にその貸付先に信用があるからといつても、無担保で貸付けるというようなことは、通常ではあり得ないことというべきであるから、右の点に関する原告らの主張も失当である。

(ⅲ) さらに、原告らは、亡義一郎が訴外石橋興産株式会社に対し、多額の金銭を貸付けたのは、同会社が宅地造成等の資金需要をまかなうために、亡義一郎がその借入を必要としたからであり、亡義一郎の右会社に対する貸付行為は、同会社を存続させて投下資本を回収させた上、亡義一郎の貸金を回収するために必要不可欠な行為であり、利息を免除したのも同趣旨であるから、これをもつて、亡義一郎の貸金の事業性を否定することはできないと主張している。しかし、訴外石橋興産株式会社が宅地造成等の資金を多額に必要としたのであれば、金融機関その他から借入れる方法もあるのであつて、亡義一郎が、営利を目的とする貸金業の事業として、前記の如き多額の金額を、極めて低利もしくは無利息で、しかも無担保で貸付ける必要はない筈であるし、また、一旦貸付けた貸金の回収をはかるためには、担保の提供等を求むべきであつて、従前の貸金を回収するために、無担保で、さらに新たな貸付をするというようなことは、極めて異例なことというべきであつて、特段の事情のない限り認め難いから、右の点に関する原告らの前記主張も採用できない。

(ⅳ) 次に、被告署長は、昭和五〇年度頃までは、亡義一郎の貸金を、事業によるものと認め、その利子収入を事業所得として取扱つていたことは、さきに認定した通りであるが、<証拠>によれば、被告署長が、右の如く従前の亡義一郎の貸金をその事業によるものと認め、その利子収入を事業所得として扱つてきたのは、亡義一郎の所得税の確定申告の内容を、調査もせず、そのまま鵜呑みにし、右貸金を事業によるものと誤信してきたことによるものであることが窺われるから、被告署長が、従前に、亡義一郎の貸金をその事業によるものと認めていたからといつて、別表3に記載の貸金が亡義一郎の事業によるものとは認め難いのである。

(ⅳ) 以上の外、原告らは、種々の理由をあげて、別表3に記載の亡義一郎の貸金は、その事業によるものであるとの主張をしているが、右原告らの主張の前提事実は、証拠上認め難いか、独自の見解に基づくものであつて、到底採用できない。

(二) そうとすれば、別表3に記載の貸金は、いずれも、亡義一郎が、貸金業の事業として貸付けたものではないというべきである。

そして、事業として貸付けたものでない貸金元本の貸倒れ又はその引当金の繰入れによる損失は、必要経費には該当しないと解すべきであるから(最高裁判所昭和四九年九月二七日判決税務訴訟資料七六号八六七頁)、別表3の貸金のうち、原告ら主張の如く、合計一億五九〇六万九九八三円の貸倒れ引当金の繰入れ等による損失があつたとしても、これを昭和五一年の事業所得の損金として、亡義一郎の所得から差引くべき関係にはないというべきである。

よつて、亡義一郎の昭和五一年度の事業所得は、一億五九〇六万九九八三円の赤字であつたとし、右金員を亡義一郎の総所得から差引くべきであるとの原告らの主張は失当である。

(後藤勇)

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